実験のコツは楽しく生きるコツ!

実験は基礎検討が肝です。そのためには、何で結果を測るか、「明らかにやりすぎ」というところまで条件を振る、という2つが重要。

これって実験だけじゃなくて、楽しく生活するためにも大事なことだと思います。

というお話です。

基礎検討がすべて

おれは、新しい実験手法を使って遺伝子の機能を網羅的に解析しよう、という研究をしていました。

しかし、どういう条件の下でその手法の効果が最大になるのか、を調べるのに長い時間がかかりました。もちろんその間は肝心の「この遺伝子の機能を調べたこんな結果が出た」という成果がないので、どうやって卒業すんねん、という焦りの中で、最終的には条件検討が曖昧なまま次に進んでしまいました。

幸いにもそれでも一ついい結果が出て、それが今後に繋がる話だったので無事卒業できました。しかし一方ではその一つ以外は曖昧な結果が出てしまい、白とも黒とも分からないまま終わることになってしまいました。

つまり結局、新しい手法の効果がいまいちで、もう1回そこをやらないとダメだねって話になって、完全に手戻りになってしまったのです。

逆に言えば、卒業すれすれで実際に遺伝子の機能を調べる段階に進んでも、卒業できるくらいの結果が出せたわけで、もしもあの時点で条件検討が完璧になっていれば、3ヶ月でもわくわくするようなデータをいくつも出せたと思います。

だから焦って基礎検討をおろそかにしてはいけなかった。


「幻の原稿」編 『Q&Aで答える 基礎研究のススメ』 第2章 青春怒濤編(大学院学生に向けて)

とにかく基礎検討に次ぐ基礎検討をやること。最近の学生は、全てがキット化されている弊害からか、基礎検討をほとんどやっていませんよね。私の大学院生時代のノートを見てみると、かなりの部分が基礎検討で埋められています。基礎検討をすることで最適の条件が見つかり、実験手技も高まって安定していく。この過程が楽しいと感じるようになったら、君は科学者として一生やっていけます。種々の基礎検討をやったら、本番の実験は2〜3回やればいいのです。遠回りなようで、実はこれが実験の成功への近道であるばかりか、君達の研究能力の大きな基盤財産になり、将来にわたってゆるぎない自信となるのは間違いありません。

条件検討のコツ2つ

その体験の中で、条件検討に関して2つのコツを学びました。

1つ目は、何で結果を測定するか。2つ目は、「明らかにやりすぎ」というところまで条件を振ることです。


どの遺伝子を導入すればiPS細胞ができるか調べる、というのを例に考えてみます。

シャーレに細胞を培養して、その細胞に遺伝子を導入してみて、iPS細胞(ES細胞と同等の性質を示す細胞)ができるかどうかを見る、ということをするとします。


この場合の重要な「基礎検討」の一つは、「細胞がiPS細胞になっているかどうかを簡便にかつ精度高く調べられる条件を検討する」ことです。

簡便に調べることができなければ、たくさんの遺伝子を試すことができません。一方で精度高く調べることができなければ、これだ!と思って先に進んでも、時間をかけて詳細に調べてみたらやっぱり違ったということになって、また一からやり直すことになります。

何で結果を測定するか

仮に以下の4つの方法があるとして、どれを選びますか?

A:遺伝子を導入したあと、iPS細胞っぽい形になったものを選ぶ。
B:遺伝子がちゃんと入った細胞だけが生き残るようにする(すべての細胞に遺伝子が入るわけではないので)。
C:もともとの細胞ではスイッチがオフだが、iPS細胞になるとスイッチオンになる遺伝子を選ぶ。その上で、スイッチオンになった細胞だけが生き残るようにする。
D:iPS細胞でスイッチオンになっている遺伝子5つがオンになっているかをそれぞれの細胞でチェックする(mRNAを取って、RT-PCRをかける)。

まずAですが、これではあまりに精度が低いですよね。(本当は、体細胞と幹細胞では細胞の形態がかなり違うので、雰囲気を掴むには侮れない方法なのですが)

次にDですが、これを何万という細胞に対して行おうとすると、気が遠くなるような作業になると考えられ、簡便とは程遠いです。


そしてBですが、これはやってしまいがちなことです。おれが陥った罠も、これと同様のものです。

こうやって並べてみると当たり前に思えですが、「まず遺伝子を入れる」という目の前のことに夢中になってしまうと、「iPS細胞になったか?を調べる」という今回の本来の目的・ゴールを忘れてしまいがちです。(もちろん前のステップとして遺伝子を効率よく導入する条件を検討する場合にはこれが必要です。)


山中先生が使った方法はCです。”iPS細胞になるとスイッチオンになる遺伝子(Fbx15)”がオンになると抗生物質に耐性を示すようにしておいたのです。その上で、細胞に遺伝子を導入したあとで、抗生物質をかけると、多くの細胞は死に、iPS細胞になった細胞だけが生き残ることになります。

「明らかにやりすぎ」というところまで条件を振る

抗生物質をかける」と書きましたが、どれくらいの強さでかけるかが問題です。

弱すぎるとiPS細胞になっていないものも生き残ってしまいます(擬陽性 false positive)。一方強すぎるとiPS細胞になったものまで死んでしまい、iPSにならなかったから死んだのか、iPSになったけど死んだのか(擬陰性 false negative)、分からなくなってしまいます。。



この条件検討をするときに、やってしまいがちなのがこれ


青の範囲内だけで条件検討をしてしまい、「もっと強くしたらもっといい結果が出るんちゃうん?もう1回やり直さなければ・・・」というのを何回も繰り返すことになるわけです。



一方「明らかにやりすぎ」というところまで条件を振ってみるとこうなります


これ以上はやっても意味がない範囲が明らかになり、「最適な条件は、少なくともここからここまでの範囲にある!」ということがはっきりするわけです。

赤の3点の中で一番いい条件を採用すれば最適と遠くはないはずだし、もう1回条件検討をするとしてもこの範囲内にあると分かっているので確実です。



さらに重要なことには、こういう実験の組み方ができると、

1個だけiPSになった細胞を取れればいいのなら、100個細胞が生き残ってそのうち90個がiPS細胞であるよりも、3個しか生き残らないけれどその3個は確実にiPS細胞である方が、チェックしなくていいからいいじゃん!

ってことにふと気づいたりするのです。


強引にまとめ

本当は、


これって実験だけじゃなくて、自分のライフスタイルや、社会の制度設計に対しても言えるよね。

だからまず幸せを測る良い尺度を見つける努力をしていかなければならない。少なくとも今の日本はGDPでは幸せは測れないっしょ。なのにGDPを上げることだけに固執すると、まさに陥りがちなBの罠にはまっていて、手段を目的と取り違えることになるよね。

そして極論を考えてみるのってすごく楽しいし、意味があることじゃないか?極論の中から見えてくることって確かにあるんじゃん?

2つの極端な条件の間で、どこが「最適」かを決めて、そこにみんなが向かうようなインセンティブ設計をするのか国の仕事だよね。

自分のライフスタイルにしても、学生の間に、吐くまで飲んだり、1ヶ月昼夜逆転生活を送ってみたりして、最初からそういうのは自分には合わないって決めるんじゃなくて、自分にとって身の丈にあった楽しい生活を見つけるのって大切な基礎検討じゃん?そうやって試行錯誤しながら生きていきたい!

あ、あと『ライト、ついてますか―問題発見の人間学』って本はおもしろいよー


ということを書きたかったのですが、あまりにも長くなったのでここまで。


ちなみにサイエンティフィックな正しさはまったく保証できませんが、山中先生は「培養法を確立するのが肝だった」とおっしゃってたので、そんなには的外れでないと信じたいです。。


そんなわけでおれは、分裂勘違い君劇場(最近更新が少ない・・・)とChikirinの日記の大ファンです。



ブログ情報 - 分裂勘違い君劇場

分裂勘違い君劇場は、おもに日常の仕事や生活における、ありふれたテーマについて極論を展開するブログです。

初めての方は、とにかくまずはこのブログの典型的な記事である「コミュニケーション能力をウリにする人が醜悪な理由」を読んでみてください。

このブログのコンセプトである「極論を楽しむ」ということの意味が、すぐに分かると思います。


もちろん、コミュニケーション能力をウリにする人が醜悪なわけはありません。

だから、この記事の言っていることは明かなウソですし、この記事を真に受けたり鵜呑みにして、コミュニケーション能力をウリにする人を排斥したり軽蔑したりするのは、とても愚かなことです。


しかし、極論というのは、ウソの中にも一片の真実が含まれるものです。

そして、極論は、煩雑でぼんよりとした現実の中から、その真実をつかみだし、黒々と照らし出すことがあるのです。

だから極論は、それがウソであるにも関わらず、有意義であるし、面白くもなりうるのです。


どこまで成功するかは分かりませんが、本劇場が目指す、理想の極論というのは、そういうものです。

決して真に受けたり鵜呑みにしたりしないよう気をつけながら、観劇をお楽しみください。