プラナリアをモデルに、脳を細胞単位でコンピュータシミュレーションする時代がきっと来る
今日、うちの研究室では、高校生のための「最先端科学の体験型学習講座」というものが行われました。5人の高校生がやって来て、先生の講義のあと、プラナリアの再生と行動を絡ませた簡単な実験をしました。
今日の先生の講義は60分でかなり駆け足だったけれど、
2008年、印象に残った本10冊+α(進化しすぎた脳) - あいうえおかの日記
ちなみにうちの先生はこの本の「発生・再生・再生医療」バージョンを書ける人だし、書くべき人だと勝手にすごく思っているけど、放っておいたら絶対にやってくださらないと思うので、どなたか偉くなってうちの先生に中高生向けの講義をするように依頼してください。ぜひ。
という夢の原型が見えた日でした。
うちの研究室では口を酸っぱくして言われることの一つに、「生物の体は細胞の社会である」ということがあります。生命現象は決して遺伝子を単位として起こっているのではなく、細胞を単位に起こっているのです。
今日の体験実習を見ていて、「プラナリアをモデルに、脳を細胞単位でコンピューターシミュレーションする時代がきっと来る」という思いを新たにしました。
プラナリアといえば「再生」
プラナリアはその驚異的な再生能力で有名です。
プラナリアは、川の石の裏などについている体長1cm程の扁形動物です。体をいくつかに切っても、それぞれの断片が1週間ほどで1匹ずつの完全な個体になるという、非常に高い再生能力を持っています。100年くらい前に、1匹を279匹に切って再生した、という論文があるそうです。
その再生能力は、全身に分布する全能性幹細胞によってもたらされています。高等な動物では、大人になると、分裂し何にでもなれる細胞である(受精卵みたいな状態)全能性幹細胞はほとんど持っていませんが、プラナリアは体中の細胞の数十%が全能性幹細胞です。
このことから、プラナリアは、再生、あるいは幹細胞システムのモデルとして研究に用いられています。
なぜ脳の研究をプラナリアでするのか?
一方、プラナリアは現存する生物の中で進化的にもっと原始的な脳を持つと考えられています。
人では大脳皮質だけで140億の細胞があると考えられていますが、プラナリアの脳を構成する神経細胞の数は数万です。そのためプラナリアでは、細胞単位かつ俯瞰的な脳の解析が可能です。
それでいながら、プラナリアの脳は機能ごとに分かれたドメインを持ち、またドパミン神経・GABA神経・オクトパミン神経など各種の神経があることが分かっています。この脳での情報処理によって、光から逃げる(負の走行性)、エサに近づいていって食べる、といった行動を制御しています。
プラナリアは、マウスなど高等な動物の脳の発生に関与する遺伝子セットをほぼすべて持っていることも明らかになっています。このようにプラナリアに高等な動物の脳の原型を見ることができるのです。
無脊椎動物の神経節はもともと脊椎動物の脳との機能的・形態的な類似から「脳」と呼ばれてはいるものの、系統発生的には脊椎動物の脳と直接の関連はないことに注意が必要である。
という話も、そうではなく、脊椎動物と無脊椎動物の脳は進化的に共通の起源(左右相称動物の共通祖先はすでに脳の原型を持っていた)なのではないか、という論文が最近出てきています。
こう考えてみると、プラナリアは脳の「分子→細胞→組織→個体のふるまい」を結びつける研究、脳の起源・進化の研究、をするのに最適のモデルとすら言える気がします。
脳を細胞レベルでシミュレーションする時代が来る!!
したたかな生命 P26 四つある理解のレベル
理解のレベルは、(1)システム構造理解、(2)システムダイナミクス理解、(3)システム制御理解、(4)システム設計理解、という四つのレベルに分類できます。
脳と行動というシステムを理解しようと考えたとき、
(1)システム構造理解(構造の明示的な記述)
に関しては、プラナリアでは細胞の分布に関してはかなり詳細に記述されてきていると言えると思います。あとはこの神経細胞とこの神経細胞がシナプスを形成している、というのをどこまで記述できるか、が問題です。
(2)システムダイナミクス理解(その構造が、どのようなダイナミクスを生み出すか。その構造を変化させると、どのようにダイナミクスが変わるか)
今、ここが一番進展中です。ある遺伝子を働かなくした状態では、脳を構成する細胞の状態がどのように変わり、それが個体の行動にどう影響するか、というのを網羅的に調べる環境が整ってきました。
(3)システム制御理解(システムの挙動を望まれるように制御する)
ある遺伝子が働かなくなって起こった異常を、他の遺伝子もう1つの機能を阻害したり、薬を使うことでレスキューするといった実験も行われています。
そして、
(4)システム設計理解(システムを設計して、その設計どおりの構造とダイナミクスをつくりだす)
この時代がきっと来るのです!
プラナリアの全能性幹細胞を培養して、順番に必要な因子をかけていって、3次元構造と機能を持つ脳を作る、というような研究が考えられます。そして、プラナリアの脳全体の回路図を細胞単位でコンピュータ上に再現し、その機能や再生の仕組みをシミュレーションする、という研究がきっと可能になります。
脳を細胞単位でコンピュータシミュレーションしようと思ったとき、プラナリアの脳というのは、複雑すぎずシンプルすぎない、最適なモデルであると、おれは確信しています。
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