2013年、印象に残った本10冊

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以下、順不同(今年読んだ本で、今年出た本ではありません)。

AV女優の社会学

性の商品化の是非とは一線を画し、副題にある「なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか」を論点とした本。

AV女優という職業は、「なぜAV女優になったのか?」とその職業を選んだ動機を語る機会が異常に多い職業である。という着眼点だけで、この本はおもしろいと確信できる。

その理由の一つは、性の商品化の際に常に論点になる「自由意志」であることの明示が挙げられる。

だけど、考えてみれば、多くの人はそれほど明確な理由などなく、職業や勤務先を選ぶ。例えばリクルーター活動をしていて、学生に聞かれて初めて考える。

どのようにして動機を語るようになり、そして動機を語り続けることでどのような変化が起こるのか、フィールドワークを通して考えた本。

経済物理学の発見

経済物理学の発見 (光文社新書)

経済物理学の発見 (光文社新書)

経済物理学というアプローチを、パイオニアである著者が紹介した本。例えば、なぜ為替レートや株価が複雑な変動するのか?という問いに対して、理想的状況を想定して理論立てて考える従来の経済学に対し、経済物理学では詳細な現実の大量データを解析して分析していく。

数式はほとんど出てこず、それでいてグラフを用いて視覚的に素人にも分かりやすく紹介されている。

経済物理学というアプローチには、初めて行動経済学を知ったときと同じようにわくわくさせられたし、この本を読んでカオス・フラクタル・臨界のイメージを初めて持てた。

来るべき民主主義

雑木林の破壊を伴う道路建設計画の見直しの要否を巡って住民直接請求による住民投票が行われた、小平での道路問題についての本。問題の経緯、著者の國分さんが体験したこと、考えたことがまとめられている。

著者の國分さんのtwitterで、小平の道路問題の経緯と、國分さんが打ち出した「立法権ではなく行政権にこそアプローチすべき」という概念は知っていた。

実際の政策決定は実は立法ではなく行政で行われていること、それにも関わらず、主権者たる民衆は行政にはアクセスできない、それこそが今の民主主義の閉塞感の理由であることが描かれている。

それに加えて、この本から学んだことは「制度が多いほど、人は自由になる」ということ。

この本を読むまで、制度はシンプルな方が透明度が高くて良いとなんとなく考えていた。

行為の制限である法に対して、制度は行為のモデルであり、制度は多ければ多いほど人は自由になる。例えば育児休暇を終えて時短で働いている方(とても仕事ができ、そしていてはるだけで職場の雰囲気がよくなる)に思い当り、この本を読んで考え方が変わった。

ドゥルーズの哲学原理

ドゥルーズの哲学原理 (岩波現代全書)

ドゥルーズの哲学原理 (岩波現代全書)

哲学の素人でドゥルーズを読んだことなどもちろんないおれにも、改めて哲学の楽しさを教えてくれた1冊。

ドゥルーズの文体が、どう彼の哲学と繋がっていて、その実践にどういう限界があって(新しい主体性が目指すことのできない「失敗」によって定義されること)、ガタリとの協同作業に至ったかが示される。

ドゥルーズフーコー論の読解を通して示される、フーコーの権力論とそれに対するドゥルーズの批判もすっと理解でき、國分さんはやっぱりすごい書き手だと思った。

ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」の以前の推薦図書特集で、構成作家古川耕さんが読書を登山に例えていたのが印象に残っていて、この本を読み切ることができてなんだかうれしかった。

功利主義入門 はじめての倫理学

功利主義入門―はじめての倫理学 (ちくま新書)

功利主義入門―はじめての倫理学 (ちくま新書)

『これからの「正義」の話をしよう』が1つの問題を複数の立場で考えてみるのに対し、功利主義功利主義への批判を考えてみることを通して、倫理学の考え方を紹介する(『自由はどこまで可能か』の功利主義版という感じ)。

何が幸福かは人によって考え方が異なるので国家が介入すべきでなく、病気や貧困といったよりより合意を得やすい不幸の削減に国家は取り組むべきだという、菅元総理の「最小不幸社会」というスローガンは、この本でも紹介されていて、改めて魅力的な考え方だと思った。

「高望みしない人々」をたくさん作って彼らの限定された選好を満たせば良いのか?(適応的選好の形成)、喫煙のような愚かな選好を充足すべきかそれとも「幸福になるために必要なことリスト」を作ってパターナリスティックに適用すべきか?、などの論点を紹介した幸福についての章がおもしろかった。

統計学が最強の学問である

統計学が最強の学問である

統計学が最強の学問である

今まで読んだ統計学の本の中で一番キャッチーにそれでいて体系的に統計学の基礎が紹介されていた。カイ二乗検定/回帰分析などの一般化線形モデルを並べた表など、そういうことだったのか!と思った。

具体的な行動に繋がるデータ分析でなければビジネスでは役に立たないことをありがちなブランド認知度で示して集計と統計の意味の違いを示したり、紙おむつと缶ビールで有名なバスケット分析を例に誤差へのアプローチを示したりと、具体例と統計学の理論を行ったり来たりするのがうまかった。

IQ(心理統計学)、検索エンジンの技術(テキストマイニング)など統計学の6つの特徴的な分野が具体的に紹介される後半もおもしろかった。データマイニングは予測、今後何をすべきかを議論するなら回帰モデルのが役立つと、データマイニングに批判的なのにも共感させられてしまった。

HHhH

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

ナチによるユダヤ人大量虐殺の首謀者であったハイドリヒの暗殺計画を舞台にした歴史小説

であると同時に、歴史を小説にすることを著者が自問自答して葛藤する姿や、恋人に痛いところを指摘されるところ、ハイドリヒ襲撃についての他の小説や映画を見つけては自分の小説と比べてしまう著者の姿が描かれる。

この本が純粋な小説形態であったり、ノンフィクションであったりした場合と比較することはおれにはできないけれど、クライマックスに向かう高揚感がたまらなかった。


クリュセの魚

『哲学的な何か、あと科学とか』に、どこでもドアを通った先の自分が自分のコピーであるとするならば、果たしてそれは元と同じ自分なのか?という話が出てくる。

人類第2の故郷となった火星と地球とを直結する「ワームホールゲート」を舞台にしたSFでありラブストーリーで、最後はちょっとぐっときた。

この小説の「観測選択体集約機」という概念は、魔法少女まどかマギカや、前に読んだ東浩紀さんの小説『クォンタム・ファミリーズ』と対になる話だと思った。

何者

何者

何者

就職活動とtwitterをめぐる、自意識についての小説。

学生時代にサークルに所属していたころにこの本を読んでいたらおれは耐えられなかったと思う。

就職して、自分の中に物語がなくとも実直に仕事をするという方法があるということを知る前の、青春の話だと思った。

ソロモンの偽証

ソロモンの偽証 第I部 事件

ソロモンの偽証 第I部 事件

ソロモンの偽証 第II部 決意

ソロモンの偽証 第II部 決意

ソロモンの偽証 第III部 法廷

ソロモンの偽証 第III部 法廷

クリスマスイヴに雪の校庭で確信犯的な死を遂げた中学生。それを端に中学校に事件が連続し、噂や思い込みが立ち昇っては抑えこまれる。事実だけが覆い隠され、そして生徒たちは学校内裁判を立ち上げることを選ぶ。

全3冊の単行本の1冊目で、生徒個人個人、教師、親、マスコミ、警察の暗黒面、そして1人の登場人物の悪意が神視点から暴き立てられる。江波光則『ペイルライダー』を現実的にしたような話で、とにかく怖い。

宮部みゆきの小説で、主人公が好きな女の子の無実(?)を証明するために奮闘する小説があったと思う。証明の過程で、女の子は責められるべきことではないのだけど、主人公にはどうしても肯定できない事実が判明してしまう。そういう直視したくない自然な嫌さがこれでもかと描かれる。

それでも読み進められたのは、宮部みゆきの小説では、ギリギリのところで「まっとう」であることを選びとる人物が初期から明確にされていてるから。宮部みゆきの小説は着地が甘すぎるというのは分かるのだけど、おれはそれが好き。

結末はかなり早い段階から示されていて、2冊目と3冊目1400ページくらいをかけて、現状に対して提示しうる希望を、最大限説得的に描いているのだと思った。おれは3冊目の後半では泣きそうになりながら読んでいた。

その希望とは、共感や納得はできなくてもちゃんと話を聞いて理解しようとしよう、憶測・願望ではなく事実を見る努力をしよう、それはやれば可能なのだから、ということなのではないかと思う。