2008年の夏に学んだこと

ラクをしないと成果は出ない p138 貯金しなくても良いようなキャッシュフローを、常態化する

「確実にずっと、水を確保しておきたい」と思う人は、たとえボウフラが沸こうと、ゴミが落ちようと、プールを作って水を溜めます。

しかし、蓄えることすなわち安定ではないのは明らかです。

流れることのない水は、やがて腐り、飲めなくなります。だったら常に循環している水道か川をもっていたほうがいいに決まっています。

長期にわたって安定して水を飲みたいなら、流れをせき止めて自分のプールだけ満杯にしているより、さまざまなところに流れる川を作ったほうがいいのです。

イデアも然り。

「企画を出し続けるためには、アイデアのストックをしておかないと」

こういって溜め込む人は、遅かれ早かれアイデアが枯渇し、企画が出なくなります。

イデアの貯蔵庫はありません。常に新鮮な企画をアウトプットし、フロー化している人が、文字通り「泉のごとく沸いて出る」アイデアの持ち主。誰もがすぐに思ったことをブログに書く時代、自分の思い付きを後生大事に取っておいたら、取り残されます。


という話なんですけど、これは思い出も一緒だな、ということ。


一緒に何かをする時間ってすごく素敵なものだと思っていて、それがおれが飲食店のバイトをやめたくない理由です。

だけどずっとその人と一緒に何かをしていられるわけではありません。バイトだって、サークルだって、やめてしまえば一緒に何かをする時間はなくなってしまいます。

そして、一緒に何かをすることはなくなってしまった人とたまに会って飲んだりしたときに、まずはお互いの近況を話して、共通に知り合いの近況を話して、それから思い出話をして、それから話すことがなくなる。その話すことがなくなった瞬間の空気が、おれは怖くてしょうがなかったんです。おれにとってこの世で一番怖い空気です。

いつか思い出を消費しきって、話すことがなくなるのが怖くてしょうがなかったんです。


だけど、この夏のいくつかの楽しくてしょうがなかった出来事を経て、思い出作りを無理にするものでもないし、思い出話なんてしないって決め付けるのも違うなと思いました。

確かに一緒に何かをする時間ってものはいろいろなものを覆い隠してくれて、共有する時間がなくなると隠し切れなくなる人間関係もある。だけど、そうじゃなくて、思い出を循環させて、常に新鮮な人間関係もあるのです。

だから何も怖がることはない。おれはいつだって会いに行くんだ。


学生最後の夏にこのことをはっきり認識できたことはおれにとってすごく大きい気がする。このことを学んだことと、ライジングサンでサニーデイ・サービスを見た夏として、今年の夏を記憶しよう。